引き寄せの法則とは?本当にある?脳・潜在意識・行動から「引き寄せ」を読み解く

「引き寄せの法則とは?」をテーマに、脳・潜在意識・行動から引き寄せと呼ばれる現象を読み解くSeaCret「秘術読解」のアイキャッチ
引き寄せの法則とは何かを、思考・感情・意識の向け方と現実の出来事との関係から整理した図解

引き寄せの法則とは、自分の思考や感情、意識の向け方によって、それに対応する出来事や経験を人生に引き寄せる——とする考え方です。

「思考は現実化する」
「強く願えば、必要なものを引き寄せる」

そんな言葉で語られる一方で、

「本当にそんな法則があるの?」
「脳科学で説明できる?」
「ただの思い込みでは?」

と疑問に思う人もいるでしょう。

僕自身、15年以上夢を書き続ける中で、

「これは、引き寄せたと言いたくなるな」

と思う出来事を何度も経験してきました。

そして以前は、その仕組みを潜在意識や脳から説明しようとしていました。
けれど、調べるほど分かってきたことがあります。

科学で説明できることと、「引き寄せの法則が科学的に証明されている」ことは同じではありません。

では、僕が経験してきたものは、何だったのでしょうか。

その問いについて、少し変わった記録があります。
ここから先は、そのときの話です。


巨大な書架が続く禁書図書館で、本を抱えたセフィラが、しいの問いを聞いて静かに振り向く場面

一冊の本を閉じた。

古い紙の匂い。

顔を上げれば、高い書架がどこまでも続いている。

もう、この光景にも驚かなくなっていた。

少し離れたところに、セフィラがいる。

胸に一冊の本を抱え、並んだ背表紙を眺めていた。

「セフィラ」

「なんじゃ」

こちらを見ることなく、返事だけが返ってくる。

「引き寄せの法則って、結局なんなんだろうね」

そこで、セフィラの手が止まった。

「ずいぶん大きな問いじゃ」

「大きい?」

「願い。偶然。運。意識。行動」

セフィラは、指先で本の背をなぞった。

「人は、多くのものの結果を『引き寄せ』という一語へ入れておる」

「……確かに」

そう言われると、僕自身も何を指してその言葉を使っているのか、少し曖昧だった。

セフィラはようやく、こちらを向いた。

「では、こちらから聞こう」

一拍。

「おぬしは、何を『引き寄せ』と呼んでおる?」

言葉が、書架の間へ沈んでいった。

僕は、すぐには答えられなかった。


目次

引き寄せの法則とは?

現在「引き寄せの法則」と呼ばれているものには、いくつかの考え方があります。

代表的なのは、

「自分が強く考えたり感じたりしているものと、同じ性質の出来事を現実に引き寄せる」

というものです。

現代の引き寄せ思想には、19世紀以降にアメリカで発展したニューソートなどの影響があります。

そして2006年、ロンダ・バーンの『ザ・シークレット』が世界的に広まったことで、「Law of Attraction」という考え方を知った人も多いでしょう。

ただし、「引き寄せの法則」という名前の科学法則が発見されているわけではありません。

思考することで、外部の出来事そのものが発生する。

願えば、それに対応するものが何らかの力によって近づいてくる。

そうした因果関係が、科学的に確認されているわけではないのです。

では、なぜ僕たちは、

「引き寄せた」

と感じるのでしょうか。


なぜ「引き寄せた」と感じるのか?

僕は以前、この疑問を脳や潜在意識から説明しようとしていました。

今でも、そこで説明できる部分はかなりあると思っています。

ただ、改めて考えてみると、「引き寄せた」と呼ばれている経験は、一つではありません。

それまで気づかなかった情報が、急に目に入るようになった。
考え方が変わり、同じ出来事を違う意味で受け取るようになった。
願いを意識することで、選択や行動が変わった。

そして、ときには、

「どうして、こんなタイミングで?」

と思うような出来事が起きることもあります。

原因も仕組みも違うかもしれない。

それでも僕たちは、こうした経験を同じ言葉で呼ぶことがあります。

「引き寄せた」

だとすれば、「引き寄せの正体はこれだ」と一つに決めるより、まずはその中に何が含まれているのかを分けて考えたほうがよさそうです。

ここでは、現実的に考えられるものを大きく3つに整理してみます。

1.意識すると、見えるものが変わる

ある車が欲しくなった途端、街中でその車をよく見かける。

そんな経験はないでしょうか。

もちろん、その日から突然、その車の台数が増えたわけではありません。

以前からそこにあったけれど、自分が気づいていなかった。

人間は、周囲にあるすべての情報へ同じように注意を向けているわけではありません。

何を意識しているかによって、同じ日常の中でも気づきやすいものは変わります。

引き寄せについて語られるとき、この仕組みを説明する言葉として「RAS(網様体賦活系)」が登場することがあります。

ただし、

「夢を書くとRASが願いを登録し、必要な情報を自動的に探してくれる」

とまで考えると、実際の脳の仕組みからは少し離れてしまいます。

それでも、

自分にとって大切なものが変われば、同じ世界から拾うものも変わる。

これは、「引き寄せた」と感じる経験を考えるうえで、一つの手がかりになります。

RASについては、別の記事で詳しく読み解いています。

2.同じ現実でも、「読み方」は変わる

「自分は運が悪い」と思っていると、悪かった出来事ほど強く記憶に残る。

反対に、

「最近、いい流れだな」

と思っていると、それまでなら流していた小さな幸運に気づくことがあります。

外側で起きていることが同じでも、

そこから何を拾い、どう意味づけるか

まで同じとは限りません。

「引き寄せた」という感覚の中には、こうした認知の働きが関係している場合もあります。

3.意識が変わると、選択と行動が変わる

僕が夢を書き続けてきて、もっとも実感しているのはここです。

たとえば、

願いを書く

何を望んでいるのか明確になる

関連する情報に気づく

選択が変わる

行動する

結果が変わる

という流れです。

「願ったら宇宙が届けてくれた」と考えなくても、願いを持つことが未来へ影響する経路はあります。

僕自身、夢を書き続ける中で、この流れは何度も経験してきました。

だから以前の僕は、

「引き寄せとは、こうして意識や行動が変わった結果なのではないか」

と説明しようとしていました。

今でも、それで説明できることはたくさんあると思っています。

ただ、それをそのまま、

「これが引き寄せの正体だ」

とする必要もないのかもしれません。

気づいたから起きたこと。
行動したから起きたこと。
偶然が重なったこと。
そして、自分にはまだうまく説明できないこと。

僕が「引き寄せた」と呼んできた経験の中には、それらが一緒に入っているのかもしれません。

意識することで情報への気づきや意味づけ、選択や行動が変わり、「引き寄せた」と感じるまでの流れを示した図解

僕にも「引き寄せた」と呼びたくなる経験がある

たとえば、僕は長年「夢ノート」を書き、その方法について発信してきました。

するとある日、

夢ノートに関する監修の依頼

が外部から届きました。

自分から営業して獲得した仕事ではありません。

もちろん、現実的な説明はできます。

長く夢ノートについて発信してきた。
それを誰かが見つけた。
そして、依頼につながった。

それだけのことかもしれません。

それでも、自分が長年書き続け、扱ってきたテーマが、ある日「仕事」という形で向こうからやってきたとき、

「引き寄せたのかもしれない」

と思ったのも事実です。

ほかにもあります。

「いつか講座をしたい。でも、あと3年くらい先かな」と考えていたら、僕が募集するより先に「やってほしい」という人が現れ、4人が集まったこと。

欲しいと思っていた仕事用のチェアやデスクが、ちょうどその時期に新作として発表され、早期予約で購入できたこと。

発信していたから。
人との関係を作っていたから。
欲しいものを意識していたから、情報に気づいた。

偶然、タイミングが重なった。

どれも、説明しようと思えばできます。

発信していたから。
人との関係を作っていたから。
欲しいものを意識していたから、情報に気づいた。

そして、たまたまタイミングが重なった。

それでも、三つの出来事はまったく違います。

監修依頼。講座。チェアとデスク。

起きた理由も、そこへ至る経路も、おそらく同じではありません。

それなのに僕は、どれも同じ言葉で呼びたくなりました。

「引き寄せた」

だから僕は今、引き寄せの法則を証明したいわけでも、否定したいわけでもありません。

むしろ気になっているのは、

僕たちは、どんな出来事を「引き寄せた」と感じるのだろう。

ということです。

セフィラの問いが、また浮かびます。

——おぬしは、何を「引き寄せ」と呼んでおる?

もしかすると、「引き寄せ」という言葉そのものを、もう少し考えてみる必要があるのかもしれません。


引き寄せの法則は科学的に証明されている?

ここは、はっきり答えておきます。

思考や願望によって、それに対応する外部の出来事が引き寄せられるという意味での「引き寄せの法則」が、脳科学によって証明されているわけではありません。

一方で、

意識することで、気づく情報が変わる。

思い込みや期待によって、出来事の受け取り方が変わる。

目標を持つことで、選択や行動が変わる。

こうした変化については、心理学や認知科学などから考えることができます。

つまり、

「引き寄せた」と呼ばれる経験の中には、科学や心理学から説明できる部分もある。

けれど、

「だから、引き寄せの法則そのものが科学的に証明された」

とは言えません。

ここは分けて考える必要があります。

潜在意識やRASについても、同じようなことが言えます。

どちらも、人間の内側で起きていることを考える手がかりにはなります。

ただ、それだけで「願いが外部世界を直接動かす仕組み」まで証明できるわけではありません。

説明できるところと、まだ説明できないところ。

その境界を曖昧にしないことも、「引き寄せ」を考えるうえでは大切だと思っています。

潜在意識とはそもそも何なのか。

それについては、別の記事で改めて掘り下げます。

引き寄せの法則について、注意・認知・行動など科学や心理学から考えられることと、科学的に確認されていないことを分けた図解
脳や心理から説明できることと、「引き寄せの法則が科学的に証明された」ということは同じではありません。

「偶然ならば、意味はなくなるのか?」

しばらくして、僕はまた禁書図書館を訪れていた。

セフィラは、書架に本を戻している。

「この前の話なんだけど」

「引き寄せか」

覚えていたらしい。

「監修の話も、講座の話も。結局、偶然だったのかもしれないなって」

「ふむ」

セフィラは本を一冊、棚へ戻した。

背表紙が隣の本と揃うまで、指先で静かに押し込む。

「それだけ?」

「おぬしは、わらわに何と言ってほしいのじゃ」

「……え?」

セフィラは小さく息をついた。

それから、ようやくこちらを見る。

「では聞くが」

「偶然であれば、意味はなくなるのか?」

少しだけ間があった。

「…?」

「おぬしがそれを偶然と呼べば、そこで得たものまで消えるのかと聞いておる」

言葉が出なかった。

セフィラは僕の答えを待つことなく、次の本へ手を伸ばした。

「偶然であれば、おぬしが得た結果、これまでの行動が無意味になるのか?」
「引き寄せたのであれば、おぬしの得た結果、これまでの行動が何かの証明になるのか?」

それだけ言うと、また本の背を揃え始めた。

僕はしばらく、その背中を見ていた。

『偶然』

その言葉で説明できることは、たくさんある。

けれど。

偶然だったとしても、あの出来事は僕が望んでいたことだった。

そこで得たものも、感じたことも消えない。

それが偶然なら、価値はなくなるのか。
反対に、「引き寄せた」と説明できれば、そこに至るまでの僕の行動まで何か特別なものになるのか。

どちらかを選べば、すっきりするのかもしれない。

でも、すっきりした答えを持つことで、見えなくなるものもある。

セフィラの言葉を聞きながら、そんなことを考えていた。

禁書図書館|「偶然であれば、意味はなくなるのか?」

「偶然」と「意味がある」は、両立してもいい

ある出会いが、確率的にはただの偶然だったとしても。

その出会いによって、人生が大きく変わることはあります。

出来事が起きた原因と、その出来事が自分にとって持つ意味は、別の問題です。

だから僕は、

「科学で説明できない。だから宇宙が引き寄せたんだ」

とは考えません。

でも反対に、

「偶然だった。だから何の意味もない」

とも考えません。

説明できるところは、現実的に説明する。

分からないところを、無理に科学の言葉で飾らない。

それでも、自分が経験したことまで捨てない。

今の僕にとって、「引き寄せの法則」とはそのくらいの距離にあります。


それでも僕が、夢を書く理由

では、「引き寄せ」が科学的に証明された法則ではないのなら、夢を書くことには意味がないのでしょうか。

僕はそうは思いません。

昔の僕は、

書けば叶う。

という言葉に惹かれていました。

その後、

書くことで意識や行動が変わるから、現実も変わる。

と説明するようになりました。

今は、そのどちらか一つだけを答えにするつもりはありません。

書くことで、自分が何を望んでいるのかが見える。
見えるものが変わる。
選択が変わることがある。
行動が変わる。
そして、その先の未来が少し変わることもある。

ときには、

「どうして、このタイミングで?」

と思う出来事だって起こります。

だから僕は今、夢を書くことを、

宇宙へ願いを注文する魔法

とは考えていません。

もっと静かなものだと思っています。

まだ見えていない未来の可能性を、自分から簡単に消してしまわないために書く。

その先で何が起こるのか。

書いた瞬間には、まだ分かりません。


まとめ|「引き寄せ」を答えにしすぎない

引き寄せの法則とは一般に、思考や感情、意識の向け方によって、それに対応する出来事や経験を人生へ引き寄せるとする考え方です。

ただし、

思考によって外部の出来事そのものが引き寄せられるという法則が、科学的に証明されているわけではありません。

一方、「引き寄せた」と感じる経験の中には、

  • 意識することで、気づく情報が変わる
  • 同じ出来事でも、受け取り方が変わる
  • 目標によって、選択や行動が変わる

といった現象から説明できるものがあります。

だから、

「引き寄せは絶対にある」

とも、

「全部ただの思い込みだ」

とも、僕は急いで決めません。

説明できるところは、説明する。
説明できないところは、無理に答えをつけない。
そして、自分が経験したことの意味まで、急いで捨てない。

もしかすると「引き寄せ」という言葉は、答えではないのかもしれません。

自分の内側と、自分が生きる世界は、どうつながっているのか。

その問いにつけられた、一つの名前なのかもしれません。

その夜。

禁書図書館から現実に戻った僕は、机の上のノートを開いた。

まだ何も書かれていないページがある。

ペンを取る。

書いたから、未来が変わるのか。

書いたことで、未来を見る自分が変わるのか。

それとも——。

まだ、分からない。

でも、分からないからといって、何もしない理由にはならない。

書いてみる。

そのあとで、少し周りを見てみる。

気づいたものの中から選び、できることがあれば動いてみる。

そうしているうちに、ときどき、

「どうして、このタイミングで?」

と思うようなことが起きる。

それを偶然と呼ぶのか。

引き寄せと呼ぶのか。

今の僕には、どちらでもいい。

大切なのは、その言葉を答えにして、そこで考えることをやめないことなのだと思う。

だから今日も、夢を書く。

未来を決めるためではない。

まだ見えていない可能性と、そこへ続く問いを、簡単に消してしまわないために。


禁書図書館ノ記録

この記事に登場した少女・セフィラと、「しい」が訪れる禁書図書館。

二人の物語は、Kindleシリーズ『禁書図書館ノ記録』で描かれています。

禁書図書館とは何なのか。

なぜ、しいはそこへ辿り着いたのか。

そして、なぜセフィラは答えを教えようとしないのか。

この記事で描いた出来事は、本編終了後の「続き」ではありません。

全5巻の物語の中に確かに存在していたけれど、本には記されなかった時間。

書かれなかった、もうひとつの記録です。

 

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この記事を書いた人

夢ノートを書き続けて15年以上。書くことと未来の関係を、実践しながら探究しています。「未来を記述し、未来を読解する」をテーマに、SeaCretで日々の実践や気づき、物語を発信しています。

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